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虚像(メディア)の砦

単行本

虚像(メディア)の砦

虚像(メディア)の砦

[出版社]
角川書店
[発売日]
2005年6月30日
[ISBN]
978-4-04-873625-6
[価 格]
1,800円(+税)
amazon/虚像(メディア)の砦
あらすじ
中東で日本人が誘拐された。その情報をいち早く得たプライムテレビ放送の報道ディレクター・風見は、他局に先んじて放送しようと動き出すが、局内で予想外の抵抗を受ける。一方、バラエティ番組の敏腕プロデューサー・黒岩は、次第に視聴率に縛られ自分を見失っていた。そのPTBを厳しく見つめる目があった。警察庁から出向し、総務省で放送審査に携わる女性キャリア織田だ。テレビ局が抱える危うさが、次々と彼らの前で噴き出し始めた。
文庫本
虚像(メディア)の砦

虚像(メディア)の砦

[出版社]
講談社文庫
[発売日]
2007年12月14日
[ISBN]
978-4-06-275925-0
[価 格]
781円(+税)
amazon/虚像(メディア)の砦
作者の思い
2005年6月30日、6月30日、『虚像(メディア)の砦』を、角川書店から発表した。
「ハゲタカ」発表から約半年。だが、実際の準備を始めたのは、昨年(04年)の1月頃だったから、構想から数えると1年半かかったことになる。
結果的には、「旬な業界を選んだ」と言ってくださる方もいるが、04年1月時点では、日本テレビで視聴率問題が起きたぐらいで、周囲からは「なぜ今、テレビなのか?」と問われることの方が多かった。
理由は3つあった。
1つは、私自身がメディアをテーマにした小説を書くことが、念願の一つだったこと。2つ目に、経済小説=金融小説というイメージを破りたかったこと。そして3つ目は、自分の中にあった違和感のせいだった。

自らの“落とし前”としてメディアを描く
いつかメディアをテーマにした小説を書きたいというのは、「連鎖破綻 ダブルギアリング」を共著で発表した時からあった。20代で新聞記者という職業に就いたものの、新聞社に代表されるメディアが抱える矛盾を、自分自身の中で解決できないままに退職したことの“落とし前”をつけたい、という想いがあったからだ。
「ならば、なぜ新聞社ではなく、テレビなのか?」
理由は、自分の知らない世界から、メディアとは何かを問うてみたいと考えたからだ。新聞社の世界については、わずか3年足らずではあったが、新聞社に籍を置いていた体験から描くことができる。だが、過去の2作でもそうだが、知らない世界を描くからこそ、その世界の中にいる人には“常識”であることの中に、サプライズが発見できる。また、その業界を知らないからこそ、読者の方と同じ目線で、その業界を新鮮に感じることも可能になるという実感があった。逆にその世界を知っていると、そうした身近さやサプライズが出せないかも知れないと感じたのだ。
また、どうしても、自分のいた世界だと小難しくなるという危惧もあった。つまり、自分の体験という事実と、小説という虚構の世界との距離感をとることに難しさを感じていたのだ。
やってみてその予想は当たった。知っているようで知らないことばかりだったテレビ界は、私にとって新鮮で、その新鮮さを、小説にちりばめる事ができた気がしている。その一方で、主人公の一人である報道マンを描くに当たっては、なまじ自分自身に記者の端くれの経験があったために、その距離感をとるに苦労した。ところが皮肉なことに、あまり馴染みのないバラエティ番組で、“ミスター視聴率”と異名をとるプロデューサーの人物造形は、面白いくらいの味と深みを醸し出せたと思っている。
改めて知っている世界を描くときの怖さを身に染みて感じた執筆だった。

日本の原風景と生まれ故郷
新作の舞台としてなぜテレビ界を選んだのかという理由として、経済小説=金融小説というイメージを破りたかったことも挙げた。
これは私の偏見かも知れないが、経済小説といえば、銀行などの金融機関を舞台にした金融小説というイメージが強い。また、舞台がそうでなくても、物語の大きな柱になるのは、「金の流れ」であることは間違いない。
しかし、現実の社会の中で、企業が担う役割は様々だ。「金の流れ」は面白いが、それ以外に、それぞれの企業や業界固有の使命や事情がある。
しかも私の場合、金融機関に身を置いたことも、経済記事を書いた経験もない。ならば、同じ企業のドラマでも、金融とは別の切り口で物語を書いてみたい。その挑戦の一つが、今回の「虚像(メディア)の砦」だった。
ただ、テレビ局を舞台にした物語というと、事件を追う醍醐味や報道被害など“ニュースそのもの”がクローズアップされる場合が多い。今回は、報道現場を舞台の中心にしながらも、ニュースや事件を追うことに主眼を置かないように努力した。そして、大事件が起きたときに報道局やテレビ局全体がどう反応し、ニュースが生まれるまでにどんなドラマがあるのかを描いてみようと考えた。
さらに、過去のテレビ局を舞台にした小説ではあまり取り上げられなかったバラエティ番組の創り手の葛藤にも光を当ててみたかった。
また、テレビ局にとって避けて通れない放送免許の問題、それに付随する総務省との関係、年々歳々テレビを目の敵にし始めた政治家との関係なども織り込むために、主人公の一人に総務省のキャリアを据えた。
もう一つ、テレビ業界をテーマにした小説として織り込みたかったのが、企業としてのテレビ局の脆弱さだった。一部では、“最後の護送船団”と揶揄されるほどテレビ局というところは、一般企業とは違う世界に生きている気がしていた。テレビ局は、企業として本当に優良なのか。それも考えてみたいと思ったのだ。
そんな矢先、ライブドアとフジテレビの「事件」が起きてしまい、テレビ局がいかに企業として脆弱かということを露呈してしまった。私としては事実に先を越されてしまった悔しさはあったが、敢えてあの事件を織り込まず、別の手法で、テレビ局の弱点を突いてみることにした。それがどんな弱点なのかは、拙著を読んでもらい、ご自身で確かめて戴きたい。

三つの刺激から生まれた「ハゲタカ」
テレビ局を舞台にした小説を書く動機の3つ目は、私の中にあったテレビというメディアへの“違和感”を質してみたかったからだ。
私が抱いていた“違和感”とは、最近のテレビが今まで以上に視聴者の喜怒哀楽という感情を、強く刺激している気がしてならないという点だった。トークバラエティで、怒鳴り声を挙げながら口論があるのは当然。「感動ドキュメンタリー」と称される番組では、最初から視聴者を泣かせようという意図が透けて見えた。
混沌の時代が長引き、嫌なムードが社会に漂っている時、人はつい情緒的、感情的になりやすい。テレビは、そういう人々の感情をさらにかき乱すことで、番組を創ろうとしている。それが最近では、バラエティやドラマだけではなく、報道番組の中ですら感じられるようになった。こういうスタイルは危険ではないのか。私の中で、そんな想いが日々募ってきた。
なぜならば、どんなときでも物事は感情をある程度抑えて、理性で判断する必要がある。そこに感情論が持ち込まれると、ブレーキのきかない暴走が始まる。特にテレビというメディアは、視聴者の数が、数百万人単位に昇る。もし感情的な番組が、多くの視聴者の心を捉えてしまえば、大衆の心をある方向に誘導することはたやすいだろう。
そこまで想いが至った時、私の中で、一つの言葉が浮かび上がってきた。
「感情誘導装置としてのテレビ」。
もし、テレビがそんな存在になってしまえば、私達は、まるでマインドコントロールされたようにテレビの向こうから心を操られてしまうのではないか。
それを「ナンセンス!」と笑い飛ばす勇気は、私にはなかった。
そんな矢先、ある事件が起きた。私にとってまさに危惧していた事態だった。
今回は、その事件をモチーフに、テレビがはらむ危険性を浮かび上がらせ、見る側もつくる側も、バランスと健全な楽しいテレビを取り戻す努力をするべきではないかと訴えてみたかった。
果たしてどこまで、そんな思惑をこの小説でお伝えできたのかは分からない。ただ、少しでも「知っているつもり」でいたテレビの別の顔を垣間見てもらえれば幸いだ。
勿論、そんな難しいことを考えないで、純然と小説として楽しんで戴ければとも思う。
ただ、今回の作品を通じて経済小説という虚実を織り交ぜて現代社会の素顔を浮かび上がらせるエンターテイメントの可能性を少しでも広げられたら、作者としては一つの大きな収穫を得たことになると思っている。

〈「なぜ今、テレビだったのか」(2005年6月30日)〉

主要参考文献一覧(順不同)
  • 田原茂行『TBSの悲劇はなぜ起こったか』(草思社)
  • 川邊克朗『「報道のTBS」はなぜ崩壊したか 組織の自滅と再生』(光文社)
  • 小田久榮門『テレビ戦争 勝組の掟 仕掛人のメディア構造改革論』(同朋舎)
  • 草野厚『テレビ報道の正しい見方』(PHP新書)
  • 松田士朗『テレビを審査する』(現代人文社)
  • 「週刊金曜日」2月11日増刊『電通の正体 マスコミ最大のタブー』(「週刊金曜日」別冊ブックレット8)
  • 高遠菜穂子『戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない』(講談社)
  • 今井紀明『ぼくがイラクへ行った理由』(コモンズ)
  • 郡山総一郎×吉岡逸夫共著『人質 イラク人質事件の嘘と実』(ポプラ社)
  • 鶴岡憲一『メディアスクラム 集団的過熱取材と報道の自由』(花伝社)
  • マーク・トウェイン著・中野好夫訳『不思議な少年』(岩波文庫)
  • 勝谷誠彦「本誌特派 死に損ないイラク独航記」(「月刊現代」2004年5月号)
  • 中川一徳「テレビ局を支配せよ!田中角栄と読売・朝日の「電波談合」」(「月刊現代」2005年2月号)
※他に、全国紙各紙、経済誌各紙、週刊誌各誌の記事も参考にした。