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ハゲタカⅡ(『バイアウト』改題)

文庫本

新装版 ハゲタカ〈上〉

新装版 ハゲタカⅡ〈上〉

[出版社]
講談社文庫
[ISBN]
978-4-06-277671-4
[発売日]
2013年10月16日
[価 格]
690円(+税)
amazon/新装版 ハゲタカ〈上〉
新装版 ハゲタカ〈下〉

新装版 ハゲタカⅡ〈下〉

[出版社]
講談社文庫
[ISBN]
978-4-06-277672-1
[発売日]
2013年10月16日
[価 格]
750円(+税)
amazon/新装版 ハゲタカ〈下〉
あらすじ
日本の企業にしかない特殊技術奪取のために、米系最大の軍産ファンドが動き始めた。一年の海外放浪を経て帰国した鷲津政彦を待っていたのは、掛け替えのない友の死だった。一方、企業再生家として実績を上げ始めた芝野は、妻の心の病に遭遇して立ち往生する。そして、日光の老舗ホテルの若き経営者として改革を進める貴子の前には、理不尽な買収の罠が。そんな最中、彼らの苦悩を嘲笑うかのような巨大買収の渦が大きくうねり始める。
単行本
ハゲタカⅡ〈上〉

バイアウト〈上〉

[出版社]
講談社
[ISBN]
978-4-06-282008-0
[発売日]
2006年4月20日
[価 格]
1,700円(+税)
amazon/バイアウト〈上〉
ハゲタカⅡ〈下〉

バイアウト〈下〉

[出版社]
講談社
[ISBN]
978-4-06-282009-9
[発売日]
2006年4月20日
[価 格]
1,700円(+税)
amazon/バイアウト〈下〉
バイアウト〈上〉

ハゲタカⅡ〈上〉

[出版社]
講談社文庫
[ISBN]
978-4-06-275687-7
[発売日]
2007年3月15日
[価 格]
714円(+税)
バイアウト〈下〉

ハゲタカⅡ〈下〉

[出版社]
講談社文庫
[ISBN]
978-4-06-275689-1
[発売日]
2007年3月15日
[価 格]
762円(+税)
作者の思い
『ハゲタカ』巻末の3文字に込められた想い
その衝動は突然やってきた。2005年が終わろうとした年の瀬のことだ。
ずっと頭の片隅で気に掛け、多くの人たちから訊ねられた約束を果たす時が来たという衝動だった。約束とは、デビュー作『ハゲタカ』の最後に記した3文字“to be continued”の決着をつけることだった。
あの文字を記したのには、わけがあった。実は『ハゲタカ』には、プロットの段階では、第4部(実際は、第3部があってエピローグになっている)があった。

第4部とは、日本を代表する巨大総合電機メーカーを巡って二人の主人公(企業買収者・鷲津政彦とターンアラウンド・マネージャー・芝野健夫)が、真っ向から激突するという最終決着戦だった。極論を言えば、『ハゲタカ』で記された第3部までのドラマは、第4部に至るための長い助走的部分(これは手抜きといういう意味ではないのであしからず)だった。死に体の企業を漁るハゲタカではないゴールデンイーグルとしての鷲津の真価が試され、その一方で、鷲津に打ちのめされながらも、日本屈指のターンアラウンド・マネージャーとして実力を遺憾なく発揮させた芝野が、徹底した企業防衛策でそれに挑む。そんな大激突で物語は終わることになっていた。
しかし、『ハゲタカ』は、その助走部分だけで、上下巻800ページ近い長さになっていた。しかも実は2カ所で、枚数を調整するために原稿を大幅に削っている。結果的に原稿を削ったことで、物語の勢いがついたので選択としては正しかったと思っているが……。

さて、第3部を書き始めた当たりで、どう考えても第4部を入れると、もう1冊本が必要になりそうだという予感があった。そこで、ひとまず第3部までで物語を閉じることに決めた。最初から、第3部と第4部に深い関連性を持たせないことにしていたので、大幅な修正は必要ではなかった。ただ、プロローグの部分で第4部を意識していた箇所を削っただけだった。しかも、読み直してみると、現在の状態がベストだと思えるようになり、結果論ではあるが、第4部を無理に入れなくて良かったと考えている。
では、第4部はどうするのか?それは、『ハゲタカ』が評価された暁に、その封印を解こう。そう決めて“to be conteinued”という文字を入れたのだ。
その瞬間、いつか第4部を世に出すことは、『ハゲタカ』に登場した人物達と私の約束となった。おかげさまで、最後の言葉についての意味(つまり「まだ続きがあるのか?」)お尋ねをたくさん頂いた。さらに、「早く続きを!」という声も戴いた。出版社からもそういう声をかけて下さったところもいくつかあった。
しかし、私自身には「まだまだ」という躊躇があった。それが、その封印を解くタイミングを先延ばしにしていた。何より、「第4部の封印を解くのであれば、続編ではなく、『ハゲタカ』を圧倒的に凌駕できる作品を生み出せるという自信がなければダメだ」という大きな課題を自分は超えられるのかが分からなかった。
それが、不意に衝撃的に「今書かずにいつ書くんだ!」という衝動に襲われた。
理由は、定かではない。だが、自分の中で早くも迷い始めていた「自分はどこへ行こうとしているのか」という自問の答えとして、そして、奇をてらって物語を作るのではなく、自分が今書きたいことに素直に従って死力を尽くすことこそ、自分がやるべきことじゃないのかという想いが、躊躇していた私を押し切った。

もはや『武士道』では書けない

過去にこんな強い衝動を感じたことはなかった。だが、その衝動に素直になると決めた途端、アイデアはどんどん湧いてきた。『ハゲタカ』時代にお世話になった方々に話を聞き始め、また、何人かの方と「続編を読むなら、どんな物語を期待するか」という話もした。おかげで、当初予定していた第4部のプロットは、大きく膨らんでいった。
本当に前作を凌駕できる作品が生まれるかも知れない。そんな予感を感じる一方、大切な何かが欠けていることにも気づき始めた。それは、小説の底流に流す魂のようなものだ。『ハゲタカ』を支えたのは「武士道」の精神だった。今回も当初は、そのつもりだった。だが、それでは続編の域を超えられないのではないか。もはや「武士道」では、書けない。本能が、私にそう言っていた。
そんな時、偶然こんな言葉に出会った――。

“日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。”

坂口安吾の『堕落論』の一節だった。これだ! この言葉を見つけた時に、反射的にそう叫んでいた。私は、夢中で彼のエッセイ群を読み始め、そこに『バイアウト』(既に書こう!と決めたときからタイトルは『バイアウト』と決めていた)に通底するスピリッツを実感し、それと同時に今までの登場人物をどう変化させ、さらに新たな登場人物たちに何が必要かが少しずつ見えてきた。そこで再び安吾が書いた『続堕落論』が、私に一つの指針を与えてくれた。

“表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理であり、血を賭け、肉を賭け、真実の悲鳴を賭けねばならぬ。堕落すべき時には、まっとうに、まっさかさまに堕ちねばならぬ。道義退廃、混乱せよ。血を流し、毒にまみれよ。先ず地獄の門をくぐって天国へよじ登らねばならない。手と足の二十本の爪を血ににじませ、はぎ落として、じりじりと天国へ近づく以外に道があろうか。”

これこそが、今の時代に欠けている意識ではないか。そう感じた。それと同時に、『ハゲタカ』では、鋼のようだった強者たちを、一斉に堕落させ試練を与えるべきだ。そして、堕落(奈落)のどん底からはい上がることで、今まで見えてこなかった未来への光が見えるのではないか。
取材と資料チェック、それを踏まえた案件探しや、現実に起きた出来事との融合などの作業を一気に進めると同時に、憑かれたように書き続けた。そして、わずか40日ほどで、1400枚にも及ぶ『バイアウト』は完成した。

戦後ニッポンが、経済大国となりながら、同時に失ってきたものは何か。さらに日本人は何を手にし、何を失ってしまったのかが、じわりと浮かび上がってきたような気がしている。
また、経営者が悪いから会社が潰れる、という『ハゲタカ』の構図はもはやない。カリスマ的経営者を有する企業ですら、時に腐食し崩壊していく。そんな危機も描けた気がしている。
さらに何より、安吾の『堕落論』と『続堕落論』で記された精神が、物語にうまく溶け込んでくれた気が(自分では)している。

“我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。”

“人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。”

こんな安吾の言葉に刺激されながら生まれた『バイアウト』が、どんな風に皆様の心に届くのか。大いなる期待と同じだけの不安を抱きながら、既に私の手を離れた小説という生き物の行く末を、じっと見守っていきたい。

〈「『武士道』から『堕落論』へ」(2006年4月20日)〉

主要参考文献一覧(順不同)
  • ブルース・ワッサースタイン『ビックディテール(上)(下)』(日経BP社)
  • 中村聡一『企業買収の焦点』(講談社現代新書)
  • 北村慶『外資ファンド 利回り20%超のからくり』(PHP研究所)
  • 小宮一慶『あの会社を競り落とせ!』(講談社)
  • 藤田浩『事業売却』(商事法務)
  • 佐山展生監修・藤田勉著『新会社法で変わる敵対的買収』(東洋経済新報社)
  • 小谷融『経営者のための公開買付けと5%ルール』(税務経理協会)
  • ダン・ブリオディ『戦争で儲ける人たち』(幻冬舎)
  • 城山三郎『役員室午後三時』(新潮文庫)
  • 日本経済新聞社編『経営不在 カネボウの迷走と解体』(日本経済新聞社)
  • 城繁幸『内側から見た富士通』(光文社ペーパーバックス)
  • 水島愛一朗『御手洗冨士夫が語る キヤノン「人づくり」の極意』(日本実業出版社)
  • 荒井裕之『キヤノンの高収益システム』(ぱる出版)
  • 有森隆+グループK『戦後六〇年史 九つの闇』(講談社+α文庫)
  • 全日本断酒連盟全国アメシスト編『女性とアルコール依存症』(東峰書房)
  • 高木敏・猪野亜朗監修『アルコール依存症 治療・回復の手引き』(小学館)
  • 伊藤健司『ネコール チベット巡礼』(毎日コミュニケーションズ)
※他に新聞、経済誌、週刊誌、インターネットからも情報を得た。各部の扉の引用句は、坂口安吾『堕落論』(新潮文庫ほか)から引いたものである。