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「週刊現代」2013年12月7日号(講談社)より

米巨大企業の買収を企む日本最強のハゲタカ。世界に蔓延る「欲」を描く国際金融小説最新作

2013/12/07


筆者:鴨下信一

ずいぶん以前からこのジャンルには興味を持っているが、経済小説とかビジネス小説とかいう区分はもう意味をなさなくなっている。書店へ行ってみると、そうした名称のプレートも消えた。

それはちょうどミステリーの名が消えていったのと同じ現象だ。後から生まれたジャンルが前から生まれたジャンルを呑みこんだのだ。この『グリード』も普通の、面白くて痛快な小説として読まれるべきだろう。

もっとも扱っているのは食うか食われるかの国際金融ビジネス戦争で、主人公は日本最強の企業買収者、いわゆるハゲタカの鷲津政彦。その名を冠したハゲタカ・シリーズの最新作だ。

上下巻700ページ以上の厚さだが、ミステリー・ファン、冒険小説好きの読者は敬遠すべきではない。TOBとかグリーン・メーラー、ファンドや投資銀行等の呼称も、一般読者の間でおなじみになった。もっぱら日本でも吹き荒れたリーマン・ショック以来の実際の経済クラッシュのおかげだが、この『グリード』の背景も、まさにその頃だ。

その混乱の中で、鷲津ひきいるサムライ・キャピタルが米国の巨大企業の買収を企むのだが、ミステリーのトリックと同じで、ここで書いてしまうわけにはいかない仕掛けがある。なるほど企業の乗っ取りには、こうした効用、目的もあるのかと驚く。これは下巻のヤマ場、投資銀行の破綻のところに出てくる。

上巻のヤマ場は鷲津たちのプロジェクトに米国政府が介入してきて、鷲津が逮捕されかけるところだろう。このあたりが、経済小説が進化し、一般化してきた証拠で、まったくスパイ小説、暗黒街スリラーのノリで読める。

従来からのビジネスものファンは、むしろこうした所に注目すべきだ。日本人が不思議に思うのは、どうしてアメリカの住宅バブル崩壊の兆候が判明するのがあんなに大幅に遅れたのか、誰も気づかなかったのか。作者の説明はこうだ。アメリカでは州単位で物事が測られるから、一つの州で危険信号が灯っても他の州ではまだまだ好景気。これで判断が曇らされるらしい。いかにも専門化し過ぎない人の評価で、読みどころだろう。アメリカ実業界の根深い差別意識、保身と縁故主義の弊害の指摘も鋭い。

登場人物は皆面白く色づけされているが、ほんのわずか登場する広報主任のような点景人物に味がある。どこに登場するか探してごらんなさい。まさしくアメリカ人だ。企業お雇いのハイヤー運転手たちが集まるバーの描写もいい。

グリードという言葉をアメリカ人当人の口から初めて聞いたのは世紀の変わる前だった。「最近は皆グリーディで」。欲望以外生きる価値基準を持たなくなった人間をこう言うと、その人は悲しげに説明した。