真山組
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真山とそのスタッフ達が、小説を制作する過程で行った調査や分析のリポートを紹介。

『マグマ』の舞台の秘密

2005/10/03

by Yumi Kanazawa

ある名湯への情憬から、理想の温泉郷が生まれた。

湯布院のあちこちで
懐かしい日本の風景に出会う

『マグマ』で、湯ノ原町という温泉町が登場する。それは架空の町なのだが、地熱発電所の取材を兼ねて湯布院を訪れたことで生まれた町だ。湯布院という温泉町が、かつて持っていたであろう魅力に対する憧憬とも言える。

真山の湯布院取材に同行した私は、10年以上前に一度湯布院を訪れている。しかし今回訪れて、本当に以前訪れた同じ場所か、と記憶を疑ってしまったほど、その変貌ぶりは凄まじかった。確かに以前の湯布院にも、変貌の兆しはあった。だが湯布院の象徴である金鱗湖周辺の変わりぶりには、「もったいないなぁ」と思わずため息が出てしまった。
記憶が確かなら、金鱗湖のまわりには田園や、地元の老人達が集う共同浴場があり、ひなびた田舎の風情が美しかった。そんな風情は皆無となり、都会的なレストランや店が、整然と、しかしにぎにぎしく立ち並んでいた。それは湯布院でなくても出会える、「日本のどこにでもある風景」でしかなかった。いやいっそ都会にあるそれらの方が、すべてにおいて洗練されていて気持ちよい。
もちろん今でも、湯布院の自然の美しさを伝える小径や街並みは、点在している。緑が覆い繁り、くねくねと曲がる路地は、散歩するだけでも楽しい。私たちが訪れたのは初夏だが、その頃には住宅街の真ん中を流れる川に蛍が舞い、夜にはうるさいほどのカエルや虫の鳴き声が響き、山里の豊かな自然を体感させてくれた。多くの旅館で掛け流しの温泉が確保されているように湯量も豊富で、ゆったりと身体を休める温泉場としては、優れた場所だとも思う。
しかしそんな持ち味をなぎ倒すように、主要な観光ルートには、目を覆いたくなるような店が並んでいる。

もともとは「小さな別府になるな」を合言葉に、40年以上前に湯布院の町づくりはスタートした。その町づくりのリーダー役となったのが、「亀の井別荘」と「玉ノ湯」の2つの旅館の主人らである。彼らが「観光とは、特別に作られるのではなく、その土地の暮らしそのものが観光だ」という信念のもと、“田舎暮らしの良さ”とは何ぞやを、町民全員で徹底的に追及し、その良さを体現してきた。土地柄とは人柄でもある。その場所に住む人々の情の厚さや、自然を守り共存しようとする強さと大らかさが、他にはない美しい街並みを創り出してきた。
しかし日本有数の温泉街として人気が上昇すればするほど、県外の資本が流入し、本来とはかけ離れた街並みが生まれる。
その喧噪から逃れ、「亀の井別荘」や「玉ノ湯」の敷地内へ足を踏み入れると、これらの宿の主人が目指してきた「田舎暮らし」の良さとは何かを、つくづく感じる。いずれも宿泊者以外でも利用できるカフェやショップがある。たとえば施設を結ぶ小径が、自然そのままの雑木林が茂っていたり、夜に歩けば最小限の灯りが灯されて田舎の夜の闇の深さと静けさを感じさせてくれたりと、「山里の自然」を徹底して大切にしている。都会では決して味わえない豊かな自然と共存する日常。その風景こそが、安らぎを求めて訪れる旅行者の気持ちを温かく包むものだと思う。

昔は、湯布院一帯がそうであったろう美しさも、今は点在するにしかすぎない。その風景が完全に守られた場所として、真山は湯ノ原町を創り出した。こんな温泉町があったら、ぜひ行ってみたい。

由布岳の麓に広がる湯量豊富な温泉郷として全国屈指の人気を誇る

●参考文献「湯布院の小さな奇跡」(新潮新書)著木谷文弘
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