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経済小説の世界から見る日本、企業

2016/09/09

関西生産性本部創立60周年記念「関西生産性大会2016」(2016年4月12日)講演録

1. 核心に迫れる小説の利点

本日は、関西生産性本部の60周年という栄えある場所に呼んでいただいたことを大変嬉しく思っている。
小説家というのは想像力を駆使し、いかにも本当のような虚構の話を考えるのが仕事である。私の場合、小説の舞台となる業界や職業を知るための取材やインタビューをすることが多く、「そのままノンフィクションとして書けばよいのでは」と言われることがある。しかし、私はノンフィクションには、新聞やテレビを含めひとつの限界があると思っている。それは核心に迫れないことだ。事実だけを書くノンフィクションと異なり、小説は想像力で一部加工することによって本質に迫れるという利点がある。
今日のテーマは経済小説を通じてどのように世の中を見たら良いのか、さらにそれを踏まえて未来をどう見たら良いのか、過去の私の作品を例に、普段、皆さんの仕事の中ではなかなか見えてこない別の角度からのビジョンやヒントをお話しできればと思う。

2. 資本主義の本質を小説に

デビュー作でもある『ハゲタカ』は強烈な個性を持つ人物が多く登場する。お陰様でTVドラマ化されたこともあり、熱烈なファンがいてくれて、シリーズ化している。この小説で何を言いたかったかというと、バブルがはじけて、ようやく日本は、資本主義の国になったということである。善悪でなく「勝つか負けるか」という当たり前のビジネスゲームが、政治や国家が介入せずに行われるのが、本当の資本主義である。しかし、バブル崩壊以前の日本では「護送船団方式」の名のもとに、様々な救済が行われてきた。本来、資本主義は弱肉強食であり、新陳代謝が必要なのだ。『ハゲタカ』はそれを小説としてドラマチックに書いている。
もう一つ、日本の経済を外国がどう見ていたのかも伝えたかった。バブル崩壊前の1990年代にアメリカ政府は、マサチューセッツ工科大学の研究者に「敵を調べろ」というミッションを与えた。結果わかったのは、経済大国となった日本の強さは資本主義国家ではないことだった。企業は家族で、年功序列、終身雇用、さらには財界と企業と労働者の連携ができている。
普通なら、この調査結果を持ち帰り「日本を見習おう」ということになるが、アメリカは違った。「日本は世界のルールに則っていない」という論理の元、自分たちが負けていることを一つひとつ潰しに来たのだ。これこそが資本主義である。このように、世界の列強は自分たちが追い詰められた時はしっかり調べあげ、その上で相手を潰していく。このことに気付いていない日本人への警笛を鳴らしたく小説を書いてきた。
一方、「ハゲタカ」シリーズ3作目の『レッドゾーン』では、中国の国家ファンドが日本の自動車メーカーを買収する。日本のファンドや中国をウオッチしている人を取材した折、その案を話すと「そんなことはあり得ない」と言われた。しかしその後、小説を連載し始めると、インドの「タタ」という会社がロールスロイスを買収、中国のマイナーな自動車メーカーがハマーを買収するということが現実に起きた。株式を上場している以上、買う価値とお金さえあれば誰でも買えるのが資本主義だということを、日本人は分かっているようで分かっていないのではないか。それを小説の中で訴えたく、ショッキングなテーマで書いた。
4作目の『グリード』ではリーマンショックをテーマにした。これは、「なぜアメリカ人のすることが時々理解できなくなるのか」ということを底流に小説にしてみようとしたものだ。
グリードとは強欲という意味で、キリスト教の七つの大罪の一つである。関西弁で言うと「がめつい」だろうか。あまりいい意味の言葉ではないが、アメリカの映画「ウォール街」ではマイケル・ダグラスが「グリード イズ グッド」(強欲は善)と口にする。リーマンショックはその考えが破綻した最たるものだと思う。そこで私は、取材でニューヨークに行って多くの人に「グリード イズ グッドは間違いですよね」と質問した。すると全員から「ノー」と言われた。「何が悪いんだ」「そもそもビジネスに道徳、善悪を持ち込むのは間違い」というわけだ。リーマンショックで失敗した人間はもうこのフィールドにはいなくなり、新しいグリードを持った人間がここに立っているんだという。日本人が考えているような道徳観ではビジネスができないとも言われた。アメリカという国では、周りを振り落としてでも前に進んでいくことが肯定され、極端なことを言えば、自分たちさえ最終的に生き残ればよいと考えている。
日本はずっと、そういうアメリカの背中を追いかけてきた。同じように、モラルなどをふっ飛ばしてでも自分たちの国を前に進められるのか、進めてよいのか。そろそろ日本は日本なりのビジネスモデルを作って、ここから先はアメリカとは違うということをみせるべき時期を迎えているのではないかと思い始めている。

3. エネルギー問題は不良債権として取り組むべき

日本の現状、未来を考えていく上で大事な視点がある。それはエネルギー問題だ。日本人は忘れがちだが、我々には資源がない。日本は裕福だったので燃料が高くても、電気代が世界一高くても湯水のように使ってきた。しかし、5年前の東北大震災と一つの事故で大きく変わった。3.11以降、「原発は許せない」という声が高まっているが、5年たっても原発問題は何も変わっていない。ベストミックスと言われた原発と石炭、石油、天然ガスなどとの比率は崩れてしまった。現在、90%以上が石炭などの化石燃料に頼っており、それによって日本は貿易赤字がどんどん増えている。原発も再稼働し始めたが、エネルギー問題はもっとしっかりと考えるべきだと思う。
太陽光発電や風力発電があるが、これらは1日のうち2割程度しか発電できず、原発の代わりにはなり得ない。私は『マグマ』という小説で地熱発電を取り上げたが、2006年に発表したときは、見向きもされなかった。しかし、3.11以降、俄然注目されるようになった。地熱発電は、今止まっている原発に匹敵するポテンシャルをもっているが、温泉への悪影響や、環境破壊につながるなどと反対する人もいて立ち往生している状態だ。電力の一番の問題は、発電する場所と発電する人たちの情熱、使う人たちの無関心が相反してしまっていることである。この問題は日本が抱えている不良債権の一つと思って、しっかり考えていく必要がある。

4. 想定外のリスクにどう対応するか

これからの日本は何が起きてもおかしくはない。つまり、世界の事情によって日本の状態が突然ガラッと変わる可能性があるということだ。例えば、サウジアラビアとイランが、今一触即発の状態にある。さらに最近、タックス・ヘイブン(租税回避地)を利用して大企業や個人が税金の「節税」を行っていたことを裏付ける「パナマ文書」がパナマの法律事務所から流出した。その数は1,500万件と言われ、一国の大統領や有名スポーツ選手などが含まれていて世界で大きな話題になっている。このような今まで考えられなかったようなリスクへの対応が、とても大事になってくるのではないか。
例えば、食糧問題だ。日本は減反政策をとっているくらいで食糧危機という問題はあまり意識されていないが、世界ではこのところ干ばつが続き、小麦の生産量が減っている。日本人は「コメがあるから大丈夫」と思うかもしれないが、人口70億人の世界で自分達の主食がなくなれば、小麦でも米でも、高いお金を出せるところが、買い占めていく。食糧危機というのは、あっという間に国境を越えていく。
しかし、このリスクは日本にとってはチャンスと言ってよい。香港では1個千円の日本の作物のキャベツが飛ぶように売れている。おいしいからだけでなく、安全だからだ。日本の農業は世界、特にアジア諸国に目を向ければ、成長のチャンスが山のように眠っている。それなのに日本では「農業はダメだ」と思われていて、農業は守らなければならないとされている。それは、日本の農業をちゃんと見ていないからである。

5. 作るだけでなく売り方にも工夫を

こうしたことは農業以外でもモノづくりのすべてで言えるだろう。一番いい例が携帯電話だ。日本の携帯電話は、様々な機能を搭載して高いスペックを誇っていたが、電話が鳴るだけ、音も1種類、さらにショートメールしか使えないNOKIA製の方が使いやすいから売れた。そのあと、iPhoneが登場して世界を席巻したが、その理由は技術よりも売り方にあった。亡くなったスティーブ・ジョブズはこう言った。「こんな『パソコン』を作った。電話もできるよ」日本企業は「こんなにすごい、いろんなことができるパソコンのような『電話』を作ったよ」と言った。何が言いたいかというと、日本は素晴らしい技術を持っているが、売り方が下手ということだ。このことは中小企業の特許でも言える。日本の中小企業は大手から「こんなものができないか」と言われるとすぐに作るが、「もういらない」と言われると、特許ごとお蔵入りさせてしまう。しかし、特許の専門家や日本の技術力を認めている人たちは、その特許が他にも使えるのではないかと考える。多くの中小企業は、自社にたくさんの宝物を持っていることに、気づいていないのだ。
これを改善するには、作っている企業と、ニーズを引き出す商社に近い人がどう連携していくかを考えていく必要がある。この技術は何に使えるのか、自分たちの強味は何かということを知ることが大事になってくる。さらに日本ではだめだが、他の国では重宝されるということがよくある。日本のOLが上海でシュークリームを売って大成功した例があるが、成功の秘密は日本では普通にあるシュークリームが、上海にはそれまでなかったからだ。こうした視点が必要だ。
実はアメリカはずっと、それをやってきた。日本でビジネスを始めるとき、最初にやることは法律を調べることだという。その結果、アメリカでは違法だが、日本では規制がないことを見つけるなど、法の網の目を抜けて、ビジネスを展開する。さらに支障のある法律を変えるようなロビー行動にも出る。つまり、規制のないことをどう利用するかだけでなく、自分たちに都合の良いようにルールまで作っていく。こういうことが日本は一番下手だ。上手なのはアメリカで、そこに割って入ろうとしているのが中国である。ただ、ルール作りが下手な日本だが、ルールの中で適合力を発揮していろいろなものを作っていける強味を持っている。

6. 冒険する気概を関西から

もう一つ大事なのは冒険すること。どぶに捨てるような投資になるかも知れないが、可能性に賭けて冒険する風土をもう一度つくる必要があるのではないか。失敗してもよいから「やってみよう」とチャレンジ精神を復活させることが大事だ。若い人たちが、自分の偏差値より少し低い学校を受験して合格し、満足している。これは退廃の極みと言ってよい。大人が冒険をしなくなった影響だろう。ビジネスでバブル崩壊後、長期に投資する金融機関を全部、潰してしまったことも影響していると思う。ロマンを持つことが、今のこの国には大事なことである。そのためには冒険をしやすくするために制度を変えたり、リスクを分散するような投資の仕方を考えたりすることが重要になってくるのではないか。
昨年末に『当確師』という小説を発表した。これは「どうやったら選挙に勝てるか」ということを書いたもので、99%の確率で当選させるという選挙コンサルタントが主人公だ。出版界では「政治の本は売れない。選挙の本はもっと売れない」といわれている。ありがたいことにこの本はそれが当てはまらず、よく売れている。読者に購入の動機を聞くと「選挙って大事でしょう」「どうやって選挙がなされているか知りたいんです」という。今の世の中、経済だけでなく政治も含めて、皆が変えなければいけないと思い始めているのではないか。「ダメな日本」と言われてきたが、この国がいい方向に向かうためにもがき始めつつあるのかなと、少しだけ感じている。
最後に、教訓みたいなことを一つお話ししたい。思考停止という言葉がある。思考停止というのは「そういうことか」と納得して、考えを止めることだ。今日の私の話を聞いて、すごく納得している人はもしかすると思考停止しているのかも知れない。問題はその先で、分かったうえで自分の立場に置き換えて、何ができるのかということを考えなければ、思考は動いていかない。
関西の人には、そろそろ東京を追いかけることは止めてほしい。東京の人の発想は全部、思考停止だ。分かっているもの同士が共有して「そうだよね」と言っている。そうではなく「違うやろ」と言えるのが、関西の力だったはずだ。その関西の人が「まあ、ええか」となれば、たぶん、この国が亡びるときではないかと思う。「冒険は関西から始めるんや」という気概が、そろそろ起きて欲しいと願っている。

【出典】関西生産性本部機関誌「KPC NEWS」(Vol.44 No.472 2016/7.8月号)

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