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挑戦 ~ 十代で考えたこと

2010/11/03

物心がついた頃から、繰り返し大人からされる質問があります。「将来何になりたいか」というものです。最初は、テレビ番組のヒーローやお嫁さんなどから始まり、サッカー選手やケーキ屋さんなど、歳が上がり様々なことを経験するに従って、その内容はだんだん変わっていきます。ところが、中学生くらいになると、自分のなりたいものが見えなくなってき始めます。
自分の将来を考えるにあたって大切なのは、「自分は一体何者なのか」ということを、いろいろな場面で考える習慣をつけることだと思います。そのとき、読書は非常に大切で、私自身、読書を通じて自分の将来のことをよく考えていました。
私は小説家という看板を背負って6年目になります。道のりは長かったですが、結果的になりたかったものになれました。そこで、まずは私自身が辿ってきた道について、お話ししたいと思います。

私が小学生の頃は、理屈っぽく、天邪鬼で他人とは違うことばかり言う、大人にとって厄介な児童でした。6年生くらいになると、次第に、自分だけ周りとは物の見え方が違うのかも知れない、ということに気付きました。そこで「自分が変なのか」と思う人もいるでしょうが、私は逆に、自分が正しくて周りが間違っている、と思いました。例えば、40人くらいのクラスで何か決め事をしたとします。たいてい、誰かが何か言い、他の皆がなんとなく同意して決まりそうなところで、私だけが「おかしい」と言い出す。そして、私は1人ずつ説得して、最終的には多数決で勝ってしまうのです。どういうことかというと、多くの人が「こんなものかな」と空気を読んで判断しがちなことでも、自分が正しいと思っていることと違ったら、私は自分の意見を主張するだけでなく、それを相手に理解してもらうために、みんなが見えていないことを一生懸命説明したのです。なぜみんながそちらに賛成するのか、ということを考えたうえで、「だけどそうではなくて」と自分の考えを説明する。すると、まるでオセロゲームのように他人の意見が反転していく、ということを、何度も経験しました。このような性格が良いか悪いかは別として、歌のうまい人、足の速い人、勉強のできる人といったように、こういった性質は、自分の持って生まれた特徴のように考えるようになりました。

人が見えてないところを伝えて他人を説得する、この能力をどのように活かしていけばよいか、どのように伸ばしていけばということを小学6年生の頃から考えるようになり、読書の中に、それを探し始めました。
最初に夢中になって読んだのは、ポプラ社から出された『アルセーヌ・ルパン』シリーズでした。かっこよくても基本的には泥棒なので、世の中の掟・常識とは違うことをヒーローが行って物語が展開するところが、私の性格にあっていました。

中学生になると、自分でも小説を書けるかもしれないと思うようになり始めました。その頃はアガサ・クリスティなどのミステリーを読んでいたのですが、常に疑いながら読み進めるうちに、犯人のトリックや動機が前もって分かるようになってきたからです。それで実際に小説を書いてみましたが、友人に読んでもらって評価を求めても、友情から面白いと言ってくれるだけで、具体的な批評は何も得られません。書くことは楽しかったけれど、思うように書けないというジレンマもありました。ものを書くためには、もっと必要な何かがある、それは一体何なのかと思いながら、本を読み続けていました。

それから受験などの機会を通じて、将来の職業を考えざるを得なくなりました。自分の性格を活かすにはどのような職業につけばよいのか。一方で、小説を書く面白さに夢中になっていたので、次第に、これを一生の職業にする方法はないかと意識し始めたのです。
そこで、私は戦略的に考えることにしました。自分が好きな作家たちのプロフィールを調べたところ、共通項として記者経験者が多かったのです。これはきっと、記者になれば分かりやすい文章が書けるようになり、取材ができるようになり、いずれ小説をかくときに必要な人脈もできるのだと分析しました。ですから、まずは記者になり、それから小説家になろう、と決めました。

高校時代には、小説家になりたいと思わせる決定的な作品に巡り合いました。その1つは、山崎豊子さんの『白い巨塔』です。小学生の頃に医者になりたいと思った時期があったのですが、高校時代には医学部に入るのは無理だとあきらめていました。この本を読んだとき、医者にならなくても、このようなアプローチをすることで医療について発言できるという、小説の底力を実感しました。すさまじい取材力があったからこそだとは思いますが、日本の医療や大学が抱えている問題を、難しいことではなく身近なものとして痛烈に感じることができました。これほどインパクトがあって、読者が疑似体験でき、自分の考えや思いを人に伝えられる方法は、小説のほかには無いのでは、とすら思いました。実際、この作品は映像化もされ、何百万人もの人に読まれています。小説とは、個の力でそれだけ影響を与えられるものですし、だからこそ100年も200年も読み継がれる本が出てき得るのです。小説家というのは、自分の一生を費やすには十分価値のある職業だと感じました。

もう1冊、強い影響を受けた作品があります。イギリスの作家の、フレデリック・フォーサイスという、陰謀小説の権威です。『ジャッカルの日』は映画化もされました。この作家の書いた『第四の核』という小説を、大学生の頃に読みました。この作品には、小説の持つ力を示す凄いエピソードがあります。
出版された当時のイギリスは保守党と労働党の二大政党時代でしたが、保守党が不振で次は労働党政権になる、という流れがありました。ただ、そのときの労働党は、それまでと違い非常に共産主義の色合いが強く、それまでのイギリス政治を全部否定してしまいかねないと懸念する声もありました。そんななか、フォーサイスは保守党の強い支持者としてこの小説を書きました。もし労働党が政権を取ると、このような恐ろしいことになる、ということを作品を通じて訴えたのです。
このたった1冊の小説が登場したことで、人々に大きな影響を与え、労働党はまさかの大敗を喫し、その後、保守党のサッチャー政権が10年以上に亘って続くことになりました。いわば、1つの小説が、歴史の大転換期をつくることになったのです。このことを知って、私は小説家になりたいとさらに強く思いました。

高校時代の話に戻ります。大学受験にあたり、新聞記者を目指す人生プランをたてました。それは小説家への最初のステップだと考えたからです。10年間新聞記者をやり、その間に、取材力と分かりやすい文章力と人脈をつくり、その後に小説家としてデビューできればと考えたのです。そこで進学先には、卒業生が新聞社にたくさん入っている大学を調べて受験しました。入学した大学では政治学を専攻し、予定通り新聞社に入ったのですが、結局2年半で辞めました。その後、13年間フリーライターとして過ごし、2004年に念願かなって小説家としてデビューできました。結果的には、最初のプランに近い道を歩んできましたが、途中は何の保証もありませんでした。フリーライターのときは、年収100万円くらいしかなかったときもあります。しかし、小説家になるという目標は、一度もぶれませんでした。どんな経験も無駄ではない、貧しい生活を経験することも小説の題材になる、くらいに考えていました。それは、自分の特徴を活かす職業は小説家しかないと、強く自覚していたからです。生活に窮々としていたときも、時間をつくっては小説を書き、投稿もしていました。半分はやせ我慢かもしれませんが、自分に起こっていることすべてが肥やしになる、なりたいものになるために頑張るんだと、確固として決めていました。いつかなれたらいいなあ、という願望ではなく、いつかはこの仕事につくんだと決心していたのです。結果的に、答えを出すことができました。

多くの場合、小学生のときには将来なりたいものがあったはずなのに、中学・高校と高学年になるほど、なりたいものが多すぎて迷ってしまう。大学生になるとなおさら大変です。それは、自分が何になりたいかを常に自問自答してこなかったからです。なんとなく勉強ができて、点数がよくて、偏差値で大学を薦めてもらっていた人が、突然その梯子をはずされて、好きなものになりなさいと言われたとしても、そのような偏差値の高い大学の卒業生は選択肢が多いからジレンマに陥りがちです。だれも決めてくれず、苦悶が始まる。もったいないことです。でもこれは、十代で徹底的に自問できていなかった、つけだといえます。

自分が何になりたいかを自問するのに、読書はとても大切だと思います。
本を読むということは、非常にアナログな行為です。自分のペースで進めることも止めることもできます。書き手、登場人物、自分のあいだでコミュニケーションができます。いろんな世界に入り込んでも、いつでも現実世界に戻ってくることができます。登場人物の行為に疑問を抱くこともあるし、自分も頑張ろうと思えることがあるかもしれない。常に自分があり、そして本のなかの対象がある。これは非常に大切なことで、読書は、考える時間を与えてくれるのです。
小説家になって一層思うようになったのですが、本は、書き手のものではなく、本を手に取った瞬間から読者のものです。書いている人が伝えようとしていることを汲み取ることも大切にしてもらいたいですが、もっと大切なのは、自分がその本に対してどういう反応をしているか、どう感じているかが分かることだと思います。そこに、自分の将来を見通す時間が出てくるはずです。

私は、一度も経験がないのに「何年くらい留学していたのか」と訊ねられることがあります。考え方が非常に日本人離れしている、とも言われます。その理由は、これまで山のようにイギリスやアメリカの小説を読んできたからではないかと考えています。私はそうした海外小説を読むことで、外国の人のものの見方や考え方、食事の仕方、街の気候や町並みまで、疑似体験することができました。この「疑似体験」こそ小説の魅力です。読書することで、実際に経験をしなくても、知ることができるのです。

読後感が自分にピッタリきた小説、気持ちのいい小説には、自分にとっての何かがあるのかもしれません。特定の登場人物に非常に感情移入したとしましょう。自分を客観的に見ることは難しいですが、小説の登場人物を評価するのはわりと容易です。自分が感情移入した登場人物を理解することで、今まで気づいていなかった自分の性格に気づくこともあるでしょう。さらに、読書を通じて人生にとって大切なことや、自分が不得手なものが見えてくることもあります。ですから、読書は自分の鏡を探す作業といえるかもしれません。
私は今でも、読書に夢中です。自分が面白く感じることは何なのか、を探り続けることによって、さらにもっと知りたい、もっと考えたいと思うようになります。自分が読み続けたい作品はどういうものか、という感覚を大切にするといいと思います。何かに迷ったとき、本を読むことで解決の糸口が見えてくることもあります。ゲームやメディアといった、向こうから勝手にボールを投げてくる受動的なものだけではなく、読書という能動的な文化、習慣はとても大切だと思います。小説に限らず、詩でもエッセイでも難しい評論でもなんでもいいから、自分の好きな本を読みましょう。本好きな諸君は、今だけに終わらず、生涯読み続けて欲しいと思います。

私がお話していることは十代の人たちにとって、まだ遠い先の話に聞こえるかも知れません。でも、最初に言ったように、自分が何になりたいのかが見えなくなってくるのは間違いないです。そのうえ残念なことに、暗い未来しかイメージされない時代になってきています。自分がなりたいものを選択できない人には、今以上に生きづらい時代が来ることを、心の片隅にとどめておいて欲しいです。
なぜそのようになってきたのか。戦後は復興のなかで、物を作り、働けば働くほど幸せになれました。みんなが貧しく、みんなが少しずつ豊かになっていったことが幸せでした。皆と一緒に頑張りさえすれば、あまり考えることなく幸せになれたのです。ところが、1989年にバブル経済が崩壊して以来、日本経済は下降傾向にあります。それでも、バブル崩壊後10年間ほどは、豊かな時代を目指して何をするべきかと喘ぐ葛藤の中に日本はありましたが、当時の指導者が、弱いものを切り捨ててよい社会にする、という最悪の選択をしてしまったため、21世紀に入ってからはさらに状況は悪くなってしまいました。失敗が許されない、一度失敗するとなかなかもとに戻れない。就職先が自分に合わないからと辞めたら、再就職できない。昔は、そのような事態になっても、やり直しができる社会だったし、地域や家族などの安全ネットもあった。しかし、あなたがたの時代にはその安全ネットはほとんどないと思っておいた方がいいのです。

では、どうすればよいのか。自分が納得する人生を生きるためには、何になりたいか、自分の責任で選択できなければいけません。偏差値で大学や学部、企業を選ぶ時代ではないのです。自分が何になりたいか、どういう世界なら自分の力を活かせるかを、きちんと知っているかどうかというただ一点だけが、幸せになれるかなれないかを決めることになります。こんなことを私たち大人が言うのは、ある意味無責任かも知れません。だからこそ、私は、小説を通じて社会を変えたいと思い努力していますが、残念ながら社会の動きは厳しいほうへと流れています。
皆さんの今までの人生は、幸せへのみちをたどってきたと思いますが、もうひと頑張りして、自分はいろんなことを考えて選択しているのか、先生や、親の考えに流されているのではないかと常に自問自答する、世の中や身の回りで起きていることを疑ってみる、という習慣を身につけてもらいたいと思います。今日からすぐにできるかはともかく、意識すること、自分で考えることが大切です。鵜呑みにするのはやめようと思うことで、いろんなことが変わってくるはずです。

そうした力をつけるために、読書が強い味方になってくれます。本を読むことで、考える力がつき、自問自答する気づきを得る機会に出会えるはずです。

二十代の人には、二十代の10年間は、やりたいこと、やりたいもの、やってみたいこと、行ってみたいとこと、なんでもやれと私はアドバイスします。迷ったときは、進むこと。選択した以上、どんな逆風があろうと、それも含めてプラスのことがあると受け止めて前進せよ、といいます。
三十代の人には、自分がやりたいことに3年から5年は頑張ってしがみつくように、と言います。二十代で試行錯誤を経験し、やりたいことは見えてきているはずだから、結果を出すまで頑張り、大人として、残りの40年間生きていく方向付けをすること、他の人にはない何かを見つけること、そして、とにかくプロフェッショナルとしての意識を持て、と彼らには言っています。
もちろん年齢に関わらず学生であれば、勉強するこということに対してプロにならなければなりません。あるいは、自分が成長していくことに専念するべきです。

では、十代の場合はどうでしょうか。
十代の人は大人の庇護の下でしか行動できません。何よりも大事なのは、やはり、考えることです。ある目標に向かって、プランを頭の中で色々考えることが大切です。たとえすぐには実行できなくても、考えていることを、懸命に他人に話すことから始めてください。やりなおしは、いくらでもできます。そのように十代を過ごして来た人と、二十代になって初めて考え始める人の行動には、明らかに差ができます。やりたいことが見つかったら、既にやっている人に話を聞いてください。そのような人が身近にいなくても、本を読んでいると、いつかヒントに出会えると思います。 皆さんはいま、考え抜くことが必要な時期にあります。大人の価値観に無批判に従うのではなく、単に批判するだけでもなく、なぜそうなったのかを考えること。そうした考え方を養うためにも、やはり本を読むことが役立つはずです。
十代のうちに、「挑戦」のための準備をしっかりとしておいてください。そして、これからの大変な時代に、少しでも選択肢を持てる大人になって欲しいと思います。

どうもありがとうございました。

出典:京都府私立学校図書館協議会主催「図書館フェア」講演録(2010年11月3日 同志社中学・高等学校グレイス・チャペルにて)
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