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「面白い小説」というジャンルにこだわりたい

2005/02/01

以前、私があるジャズクラブのPR誌の仕事をしていたとき、こんなキャッチフレーズを提案したことがある。

「ジャズに垣根はない。私たちは、良い音楽をジャズと呼びたい」
そもそも「ジャズ」という言葉は、「ごった煮」というような意味だと聞いたことがある。つまり、クラシックのように肩肘張らず、良い音楽、心に染みる音楽をどんどん生みだしていくのが、ジャズの姿勢だという意味だと理解した。

ところが、ジャズが誕生して100年余り。気が付くと、ジャズはクラシックよりも「難しい肩肘張った」ジャンルになっていた。

音楽とは、理屈ではなくハートで感じ、震えるものだと。ならば、くだらない蘊蓄なんぞは、邪魔なだけだ。
だから、私は、「良い音楽をジャズと呼ぶ」と定義づけた。その結果、そのクラブは、厳選した古今東西の名演奏家達を呼び、新しいファンを獲得することができた。
自慢話をしたいのではない。この現象は、様々な分野、特に芸術と呼ばれる分野の共通の問題だと思うのだ。

私自身が今、「最初の第一歩」を刻んだ小説界にもまた、そんな風潮がある気がする。
誰がそう決めたのかは分からないが、この世界には、ジャンルというカテゴリーがある。ミステリーとか歴史小説とか、恋愛小説とか純文学とか。私自身も、共著で発表した「連鎖破綻 ダブルギアリング」の時から、「経済小説界の大型新人!」と言われた。
だが、そう言われて私自身は、違和感を感じた。私自身が、全くの経済音痴で、しかも、経済界で働いたこともなければ、経済記者だったこともないズブの素人だったからだ。そんな人間が書いた小説がそんな風によばれると、つい「おこがましい」と思ってしまう。
正直なことを言うと、前作も、そして今回発表した「ハゲタカ」でも、書いている私自身は、経済小説を書いている意識が、希薄だった。いや、私は、過去に発表した小説が、「経済小説」ではないと言っているわけではない。「これは、良くできた経済小説!」とお褒めの言葉をいただければ、それは嬉しい限りなのだが、それ以前に自分自身では、「面白い小説」を書きたい、「現代の問題をエンターテイメント性豊かに生き生きと描いた小説」を書きたいという想いが強い。 
そういう意味で、私の小説は、先に私が定義づけた「良い音楽をジャズと呼ぶ」ような小説でありたいと思う。

価値観の多様化が喧伝されて久しい。だが、私は、問答無用で「面白い!」作品であれば、多様化された価値観なんぞ、あっさり凌駕できると思う。そんな小説を書けたら! それが今、私が心から願っている“夢”だ。

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